昨日(26日)、石倉尚文先生(立正中学高等学校事務長)のお通夜に樋口元先生(京華中学高等学校)、中山正秀先生(トキワ松学園中学高等学校)、高野淳一先生(東京学園高等学校)、笠間陽弘先生(堀越学園)、妻(マリ子・KA教育専務)と6人でお伺いした。片倉敦先生(順天中学高等学校)は26日から海外出張でお香典をお預かりして来た。
22日朝、石倉先生が起きて来ないので奥様が起こしに行くともう手や足が冷たかったそうだ。突然のことにどれほど驚かれたことであろうか。医大生のお嬢さんが必死になって心臓マッサージをされたと伺った。
小平の斎場に到着するとご参列の方ですでに一杯になっていた。まだ開始10分以上前である。生前の石倉先生の人柄の良さと人脈の広さが伺える。みな「どうして。こんなに早く?」の想いで一杯であろう。どの顔にも辛さがにじみ出ていた。
入り口に石倉先生の遺影が飾られてあった。人懐こい笑顔。人を包み込む表情。この間まで一緒に話し、一緒に笑い、一緒に飲んだ顔である。もう会えないのだろうか。残念でならない。これから、もっと、もっと同じ時間を、楽しい時を共に過ごしたかった。妻もハンカチを目に当てて呆然としていた。
奥様、ご長男と初めてお目にかかった。石倉先生と初めてお会いしてから13年。今まで大変お世話になったことをお伝えした。感謝の気持ちをお伝えすることが出来た。お二人とも一瞬安堵されたようにうつった。
ゆっくり眠る石倉先生とお会いした。涙が溢れた。「石倉先生」。声を出して呼んでしまった。
「本当にありがとうございました。またお会いしましょう」。
22日朝、石倉先生が起きて来ないので奥様が起こしに行くともう手や足が冷たかったそうだ。突然のことにどれほど驚かれたことであろうか。医大生のお嬢さんが必死になって心臓マッサージをされたと伺った。
小平の斎場に到着するとご参列の方ですでに一杯になっていた。まだ開始10分以上前である。生前の石倉先生の人柄の良さと人脈の広さが伺える。みな「どうして。こんなに早く?」の想いで一杯であろう。どの顔にも辛さがにじみ出ていた。
入り口に石倉先生の遺影が飾られてあった。人懐こい笑顔。人を包み込む表情。この間まで一緒に話し、一緒に笑い、一緒に飲んだ顔である。もう会えないのだろうか。残念でならない。これから、もっと、もっと同じ時間を、楽しい時を共に過ごしたかった。妻もハンカチを目に当てて呆然としていた。
奥様、ご長男と初めてお目にかかった。石倉先生と初めてお会いしてから13年。今まで大変お世話になったことをお伝えした。感謝の気持ちをお伝えすることが出来た。お二人とも一瞬安堵されたようにうつった。
ゆっくり眠る石倉先生とお会いした。涙が溢れた。「石倉先生」。声を出して呼んでしまった。
「本当にありがとうございました。またお会いしましょう」。
石倉尚文の妹です。
兄の事を書いて頂いた日記を拝読いたしました。ありがとうございます。読んでいるうちに涙が出て止まりませんでした。
私も含め家族皆未だ信じられません。
が、兄の事をこれほど思って下さる方々がいらっしゃる事をあらためて知り、嬉しく思います。これからも頑張って下さい。
- 石倉靖子
投稿情報: OSAKABABES | 2013/06/19 07:46
まだ58歳。早い旅立ち。
心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
投稿情報: iいちご | 2013/06/08 14:22