12年前の今日、平成13年7月5日は父方の祖母(タケ子)が亡くなった日だ。享年89歳。
大正元年生まれだと記憶している。10代で結婚し6男6女を生み育てた。大変な苦労を乗り越えた人生であったと思う。
孫は30数人いる。私は孫の中で上から2番目。一番上は女子(従姉・富士子)で私より1か月早い。
男の中では私が一番先に生まれた。そんなこともあり小さい頃から大変可愛がって頂いた。
小中学校時代は夏休みに3日ほど遊びに行った。毎年着くと「よく来たな。
大きくなったな」と頭をなでられた。
帰るときは自分の部屋に呼び、そっと小遣いを手渡して頂いた。あの時の優しい手のぬくもりは今でも覚えている。
喜寿のお祝いに招かれ会津若松まで行った。
叔父、叔母、従兄弟など総勢40人以上が集まった。
祖母の隣の席は私と従弟の慶(本家跡取り)。
祖母から笑顔で「今日は遠くからありがとう。お前が孫の代表だよ。頑張れよ」と。
責任を感じた。
平成8年6月、神奈川県大和市で亡くなった父の遺骨をもって祖母が待つ福島県会津柳津町の老澤温泉に向かった。父は61歳で亡くなった。
あまりにも早い。
祖母は自分より早く旅立った息子(父)の到着を待っていた。
言葉が出ない。
悲しみが伝わって来た。
あの時の祖母の悲しい顔は今でも忘れられない。
具合が悪く手術したと聞いて会津若松の病院にお見舞いに伺った。
「まだまだ大丈夫だよ」と言って手を握った。
祖母も笑顔で手を握り返した。
結局この日が祖母との最後になってしまった。
祖母から教えて頂いた優しさは、子どもや孫、そして関わり合う全ての人々にお返しして生きていきたい。
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