妻マリ子の両親の墓参りに静岡まで行って来た。毎年3月と9月に出掛ける。どんなに忙しくても必ず伺う。お義父さん、お義母さんが待っているからだ。最近の墓参りでは晴天に恵まれず富士山を見ることが出来なかったが、今回は久しぶりに富士の雄姿を眼にすることが出来た。冬の晴天の日は自宅の屋上からも眺めることが出来るが、間近の富士は迫力満点である。
富士の雄姿に触れて、吉川英治の「宮本武蔵」の一文を思い出した。
「あれになろう、これになろうと焦るより、富士のように黙って自分を動かないものに作り上げろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の中が決めてくれる」と。
マリ子のお父さんはマリ子が小学校1年生のときに亡くなられてしまった。宮大工をされていたという。出張も多かったようで、沖縄にも行かれたと義兄から伺った。マリ子は父親との記憶も多くないという。板橋本町の富士見病院に入院されていて、毎日お見舞いに訪れたそうだ。その富士見病院のすぐそば(徒歩5秒)に土地を購入することが出来たのも何かの縁を感じる。小さい頃、別れた末娘の顔を見たくてお義父さんに呼ばれたのかもしれない。
マリ子のお母さんはお父さんが亡くなったあと、3人の子ども(マリ子の兄、姉、マリ子)を女手ひとつで育て上げた。相当ご苦労されたことであったろう。一昨年13回忌法要を営んだ。
墓前に手を合わせると、「よく来たな。マリ子を頼むよ」と、両親の声が聞えてくる(ような気がする)。「任せてください。全力で頑張ります。仲良く生きていきます」と報告する。いつものことだが帰りの車は重い。お義父さん、お義母さんが友達を連れて一緒に乗っているのかもしれない。マリ子と二人で大声で笑いながら帰ってくる。
お義父さん、お義母さん、秋まで元気でいてください。
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以前仕事で毎週2回ぐらい静岡に行ってた時期があります。毎週見てるはずなのに、いつも時間があるとずっと眺めていました。きっと富士山の魅力に引き込まれていたんだと思います。あの迫力は凄いです。
投稿情報: KENT | 2009/05/26 01:58
富士山を仰ぎ見てのお墓参りは、気持ちも和むことと思います。素敵だと思います。
そういえば、私自身、田舎の北海道へ中々お墓参りに行っていない。
さぞ、祖父母や継母も寂しがっているかもしれません。
機会を見つけて故郷へいこうと思います。
投稿情報: ピンポン | 2009/05/02 01:57
吉川英治の「宮本武蔵」の一文を初めて知りました。
感動いたしました。
今の自分はあれやらなくては、これもやらなくてはと焦っています。
焦らず、悠然と生きていける人になっていきたいです。
投稿情報: 320 | 2009/04/08 19:26