高校時代からの大親友、渡部秀喜君が奥さん(律子さん)と聖輝君(2歳)、葵ちゃん(1歳)を連れて遊びに来た。秀喜に会うのは一昨年の10月、第1KAビル完成祝賀会以来である。葵ちゃんとは初めて会った。聖輝君もそうだが、二重まぶたと丸顔はお父さんにそっくりだ。きっとどこで迷子になっても「秀喜の子どもだ」と言って家まで送ってくれるだろう。
高校1年の10月末、埼玉から会津田島に引っ越してきた。田島は母の実家であり、祖父、祖母、叔父、叔母、従兄弟など親戚は大勢いたが友人はいない。心細い思いで母も学んだ田島高等学校に転校した。会津高等学校に行けばという声もあったが、毎日電車で片道1時間半通う自信がなかった。不安をよそに日に日に友だちが増えてきた。その中に秀喜がいた。柔道部だった秀喜は坊主頭だ。三波伸介のようなふくよかな顔は今も変わらない。親切でおっとりした性格だった。初めて自宅に遊びに来た時、母と秀喜の会話の中で、秀喜のお母さんと母もまた大の仲良しであったことがわかりみんな驚いた。世の中に偶然はない。縁は凄い。親子二代にわたっての付き合いが始まった。よく家に泊まりに来た。秀喜の家にも泊まりに行った。秀喜のご両親、おばあちゃん、妹(里美さん)には本当にお世話になった。家族のように可愛がって頂いた。
卒業アルバムには「いつまでも親友だ」という秀喜からのメッセージが記されている。上京するとき、「東京で頑張れよ」と言われて握手した。あれから30年、ズーッと仲良く付き合っている。そんなにしゃべらなくても何を考えているのかお互いわかる。
3月に3人目の子どもが生まれる。女の子のようだ。結婚は遅かったが若い奥さんをもらい、秀喜似の可愛い子どもを授かり、お父さんもお母さんも喜ばれていると聞いた。亡くなられたおばあちゃんもきっと喜んでおられることだろう。本当に親孝行だ。
親孝行しない人は自分も親も不幸だ。どんな時でも親を安心させ、元気づけ、喜ばせてあげられる人になりたい。そして、子どもたちにもそういう人になって欲しいと願う。
============過去の記事はココから============
私には大学進学のため、一緒に上京してきた親友がいました。彼は何かあると私のところに来ていました。慣れない東京の生活の中、彼に会うと安心する自分がいました。彼の存在は自分にとって本当に大きかったです。彼以上の親友はいないと思います。
投稿情報: KENT | 2009/05/27 04:32
社会人になると、友人に会う回数が減ってしまった。
今年は沢山の人と会える様にしたい。
久々に会うとみんな若く感じる。
自分はどう思われているか気になるが聞かない。
いつまでも若々しくいたい。
投稿情報: 320 | 2009/01/14 08:20
渡部さんファミリーも小さなお子さんがいて賑やかな日々と格闘が続いているかと思います。我家と似ています。
親友との再会には、本当に言葉は不要です。ただ、酒を交わし、顔を見ているだけで美味しい宴となると思います。
私も近日中に大学時代の親友ら2名と約束をして新年会を東京で行なうことになりました。
「ラケット持参」とのメールもあり、久々に一戦を交えることになりました。はたして身体がついていくが心配です。
年末年始、故郷北海道へ行けないので、長女の七五三の記念写真を大きく引き伸ばし額へ入れて送りました。親へ特別なことは今はできませんが、孫の写真に喜びの電話をもらい少し親孝行したような気分でした。
投稿情報: ピンポン | 2009/01/10 19:16
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨年に引き続き、ご家族のココロとカラダのケアサポートをさせて頂けましたら幸いです。本日HPをアップしましたので、お時間がありましたらぜひご覧下さいませ。
投稿情報: karuna | 2009/01/05 23:07