皆さんこんにちは。大変ご無沙汰しています。4ヶ月ぶりです。あっという間に年末ですね。時の経過は本当に早いものです。
この間「明けましておめでとうございます」なんて言ってたのにもう今年も終わりです。
27日に故郷、会津田島に帰って来た。今年の田島は雪が殆どなく毎日良い天気が続いている。
田島に帰って来るといつも最初の晩は大山食堂(母の2番目の弟の店)に集まって叔父(孝)の手料理と会津の地酒で盛り上がった。外は寒いのに家の中は鍋の湯気とみなの笑い声で心の底から温まった。笑顔、笑顔に囲まれた。「田島はいいな」。心底癒された。また頑張ろうという気持ちになる。
叔父(孝)が亡くなって3回目の年の瀬を迎える。叔父は酒が大好きで豪快な人だった。愉快な人だった。料理の腕前は抜群だった。いつも飲み仲間に囲まれていた。2次会に行くとみなに勧められ照れくさそうにマイクを握った。いい声であった。若いときドラムをやっていたからリズム感も凄かった。人が歌うとタンバリンをたたいた。みなを楽しませる人であった。
高3の最後の春休み叔父の店でバイトした。東京に旅立つ最後の晩、送別会をしてくれた。「頑張って来い」と言って注いでもらった酒は今でも忘れられない。
叔父が大腸がんだと聞いたとき耳を疑った。病院が嫌いな人で健康診断も受けていなかったようだ。余命4ヶ月と言われたが1年以上頑張った。61歳は今の時代ではあまりにも早過ぎる。
人は誰でもいつかはいなくなる。祖父も祖母も父も叔父もみな逝ってしまった。若くして旅たった友人たちも大勢いる。
今を頑張ることが頂いた生命を大切にすることだ。今を楽しむことが自分を大切にすることだ。
これからも楽しく笑顔で頑張っていきたい。
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父方のお祖父ちゃんの命日と私の誕生日は同じ日です。
私が産まれた時はお祖父ちゃんの生まれ変わりだと言われた事もあるそうです。
お祖父ちゃんにはあった事はないですが親近感といっていいのかなんというか不思議な気持ちです。
もしかしたら自分はお祖父ちゃんなのかな!?と思う時もあります。
いずれにせよ、お祖父ちゃんの分も元気に生きていきます。
投稿情報: 320 | 2010/01/03 08:23
昨年、私も故郷へ家族共々に夏休みを利用してきました。
見るもの味わうものが全てが、昔ながら味を堪能できた瞬間でした。
両親に「同級生のN君は、今どうしているのかな?」と聞くと、「過労死」でなくなり、現在、奥さんと子供2人で暮らしているよ」とか。「他のS君は?」と聞くと「3年前に仕事中に事故死した」などと寂しい話を耳にして、人生は本当に一歩先は、わからないものだと思いましました。
その話を聞いて、自分は友人の分まで、楽しい人生を歩めるよう生き抜いていこう思いました。
投稿情報: ピンポン | 2010/01/02 07:59